「最近、自分で行動することが少なくなったし、反応もあまりない」
「どのように対応すれば自分で動いてくれるのかわからない」
このような悩みを抱えながら、日々認知症をわずらう家族の介護に苦労しているという人も多いのではないでしょうか?
認知症では物忘れなどの他にも、意欲低下をはじめとする多様な症状が出現します。
また、意欲低下が進行すると身の回りのことですら自分ではできなるため、介護者の負担が急増する要因にも。
本記事では意欲低下のある認知症の方への関わり方やポイントを解説しているので、普段のコミュニケーションに取り入れることで、本人はもちろん介護をしている家族の方の負担を少しでも減らしてお互いが穏やかに過ごせるような環境を作っていきましょう。
意欲低下は認知症に特徴的な症状
意欲低下は中核症状が進行する一方で、徐々に出現する「周辺症状(BPSD)」のなかのアパシーと呼ばれる特有的な症状のひとつです。
認知症には経験した物事を忘れてしまう記憶障害、時間や場所がわからなくなる見当識障害などが「中核症状」として広く知られています。
そのほか認知症では先述したアパシーをはじめとして、幻覚や妄想、攻撃性の増加など下記のような多様な症状が出現するため、介護者の苦労も計り知れないものがあるでしょう。
中核症状 | 記憶障害、見当識障害、理解力・判断力の低下、遂行機能障害 など |
周辺症状 | 意欲低下、易興奮性、攻撃性、不穏、うつ状態、幻覚、妄想、など |
認知症における意欲低下は比較的初期から出現することが多い症状です。
- 趣味など今まで行っていた行動をしなくなった
- 声かけなどに反応が乏しく、周りに興味を示さなくなった
初期では以前に比べて興味や関心が薄れて活動性が減少した状態が多く見られますが、進行すると家事などの日常的に行う動作も行わなくなります。
最終的には入浴や顔を洗うような整容動作、食事、着替えですら自らできなくなるので、注意が必要です。
認知症で意欲低下が起こる原因
認知症では先述した周辺症状のなかの、アパシーと呼ばれる意欲低下や無気力感といった症状が出現します。
物忘れの増加などの記憶障害、判断力や理解力が低下することによって以前できていた行動ができない遂行機能障害、これらは脳組織の器質的な変性による機能低下が原因です。
アパシーも脳組織の変性をともなう例で多く見られると報告されており、軽度認知障害(MCI)で意欲低下が見られる場合は高頻度に認知症へ移行します。
そのため、意欲低下などの周辺症状をできる限り増悪させないようにするには、初期の段階での対策が非常に重要といえるでしょう。
認知症の意欲低下への6つの介護者の対応・注意点
先述したとおり、認知症の意欲低下には初期からの適切な関わり方が大切です。
認知症の症状を理解しつつ、本人が取り組みやすい環境を提供することが求められるため、介護者の関わり方も重要な要因になります。
以下に認知症の意欲低下に対する6つの対応方法をまとめました。
本人の発言や行動を否定しない
認知症の方と対峙する際には、相手の発言や言動を一方的に否定しないように注意しましょう。
認知症の特徴的な症状でもある遂行機能障害(判断力の低下や動作の手順を忘れてしまい慣れ親しんだ作業がうまく行えない)や意欲低下があると、以前は問題なくできていた日常的な動作でさえうまくできなくなります。
「どうしてそんなことをするの?」「なんでこれだけことも自分でやろうとしないの?」
と他者には理解し難い場面もしばしば。
しかし、これらの症状は認知症の初期からでもみられるため、本人が自覚している場面も少なくありません。
行動を否定されることで、認知症の方はさらに自信を無くし自発的に行動することが難しくなるため、行動や発言に対して否定せずに本人の意思を尊重することが望ましいでしょう。
本人のペースに合わせた対応、傾聴
認知症の方を対応する際は相手のペースに合わせて行動することが大切です。
意欲低下をともなう状態では、動作も緩慢で発言や表情も乏しくなりがち。
加えて、認知症の意欲低下には見当識障害や記憶障害など中核症状の影響も強く関係するとされています。
見当識障害や記憶障害がある状態は、自分のいる場所や周りの人間、時間軸など自分が置かれている状況がわからないようなものです。
わたしたちに置き換えて考えてみても、同様の環境下ではすぐに行動できないのも当然ではないでしょうか?
こちらの提案や声かけに対する本人の訴えにも耳を傾けて、できるだけ相手のペースに合わせて対応するように心がけてみてください。
また、コミュニケーションの際に「目と見てゆっくりと話す」というのは認知症の方への対応の基本ともなるので、目線を合わせてゆっくりと話すようにしましょう。
日課帳やカレンダーの活用
日課帳やカレンダーによるスケジュールや時間の管理は、本人の自覚的な行動を促すのにも効果的です。
朝1番に1日の流れや予定を確認しておくことで、次に何をするかなどを本人にも意識してもらって自発的な行動を促すことも可能。
また、カレンダーは日付や曜日感覚などの確認ができるため見当識障害の改善にも有効です。
数字や文字だけで伝わりにくい場合は、写真や絵なども利用して本人がわかりやすい形で予定の確認をするといいでしょう。
趣味など本人の意欲を誘うような介入
行動を促したいときは、本人が自ら動きたくなるような誘い方がポイントになります。
例えば、ダイエットのためにウォーキングをしようと思っても、準備や出かけるのが面倒でやめてしまった経験などはありませんか?
ウォーキングのみに焦点を当てると消極的でも、大好きなショッピングに行くためなどの目的がともなうと苦にならないという人も多いのではないでしょうか。
認知症の方を誘う際も急かしたり強要したりはせずに、本人が好きなことや趣味などを話題に出して、自ら行動したくなるような誘い方をするのも大切な関わり方のひとつです。
声かけや対応する人を変える
普段は無気力で行動意欲がない状態でも声かけの仕方や、対応する人が変わるだけでも嘘のように行動する場合があります。
「着替えて」や「トイレに行こう」などの声かけで反応が乏しいときは、「天気がいいから外に散歩でも行こう」などと誘うことで間接的に着替えや排泄を促すことも可能です。
また、全く同じ内容のことも声かけをする人や環境が変わるだけでも急に意欲的に行動するようになることもあるので、対応の方法もその都度変えてみるのもいいでしょう。
外出の機会を設ける
1人住まいの方など、外部との関わりがあまりない場合では脳への刺激も少なくなるため、認知症の症状も強くなる傾向にあります。
特にアパシーのような意欲が低下している状態における家に閉じこもり切りの環境は、外部への意欲や関心はもちろん自身のへの関心も低下する一方。
外出機会をできるだけ作り、刺激のある生活を送ることが意欲低下の症状を増悪させないためには重要です。
また、デイサービスなどでのリハビリテーションやレクリエーションはアパシーをはじめとする周辺症状の改善につながるだけでなく、介護者の負担軽減にもなるので積極的に利用していくといいでしょう。
認知症の意欲低下に対するリハビリ
認知症の意欲低下は以下のような簡単な運動や作業で、症状が増悪しないように予防や対策することもできます。
- 脳トレしながらの運動
- 音楽療法
- 芸術療法
- 回想法
誰しもがやったことがあるような簡単にできるものなので、以下を参考に普段の生活にも積極的に取り入れてみてください。
脳トレをしながら体を動かす
国立長寿医療研究センターにより開発されたコグニサイズと呼ばれる運動と認知課題を組み合わせた取り組みは、認知症予防として広く普及しています。
コグニサイズとはcognition (認知) とexercise (運動)を組み合わせた造語で、ステップなど体を動かしながら、計算やしりとりなどを行うものです。
周りの人とゲーム感覚でできるので、程よく間違える程度の難易度で行い、間違えたり課題を考えたりすることも楽しみ方のひとつとされています。
意欲低下やうつ状態などを合併している場合では、難易度の高さに自信をさらに喪失する可能性もあるので、本人にあった難易度に調整することが大切です。
【引用:国立長寿利用研究センター作成パンフレット.認知症予防に向けた運動 コグニサイズ】
慣れ親しんだ音楽を聴く
音楽療法は知的過程を用いずに、直接感情に働きかけるため、認知症へのリハビリテーションとしての有効性が報告されています。
音楽療法にはリラックス効果による感情のコントロールも期待できるほか、カラオケなどを行うことで自発性の向上も図ることもできます。
認知症で無気力な状態の人でも、昔自分がよく聞いていた音楽には興味を示したりすることもしばしば。
先述した本人の趣味をうまく活用するように歌うのが好きだったという人には、音楽療法を利用するのもひとつでしょう。
絵画や制作物の作成
芸術療法とは絵を描いたり製作をしたりすることで、精神状態に効果を期待する治療法のひとつです。
音楽療法や回想法に比べると治療的なエビデンスは少ないとされていますが、国内でも芸術療法を通して自発性や不安症状が改善した報告が多数されています。
はじめのうちは介助者の補助が必要になる場合もありますが、制作を通じて制作物を完成させる達成感や、誰かに褒められることでの成功体験などを養うことができるため、自発性の改善にも効果が期待できるでしょう。
回想法
回想法とは認知症患者に「振り返って昔を思い返す」という過程で、記憶力の改善や自発性の改善、周囲との社会的な交流の改善を促すものです。
誰しも昔の楽しい出来事などを誰かに聞かれて、つい話が止まらなくなったような経験はないでしょうか?
回想法により過去の楽しい記憶を思い返すことは、本人にも負担がなく楽しい行動になりやすく、どんどん話したいという自発性の向上にもつながることが研究により報告されています。
共感的な姿勢で傾聴することにより、記憶を遡ったり他者とコミュニケーションを通して記憶力の改善や社会的交流が図れるでしょう。
認知症予防にはMCI(軽度認知障害)への対応が重要
MCIとは認知症の前段階の位置付けになり、同年代に比べると物忘れが少し多いなど、全体的な認知機能には問題がないが、家族や本人が認知機能の低下を自覚している状態をいいます。
毎年多くて30%が認知症へ移行すると言われており、厚生労働省が報告している2025年時点での認知症を有する人の想定数は約700万人。
しかし、約4割は5年後に正常に回復することも報告されているので、早期からの対応が重要となります。
これまで、政府によりいくつもの認知症への関わりが行われてきました。
年 | 内容 |
平成12年 | 介護保険法の施行
認知症グループホームを法定 |
平成16年 | 「痴呆」から「認知症」への用語変更 |
平成17年 | 認知症サポーターの養成開始 |
平成27年 | 新オレンジプラン策定 |
平成29年 | 介護保険法の改訂
新オレンジプランの記載 |
平成30年 | 認知症施策推進関係閣僚会議の設置 |
平成12年の介護保険法の施行により認知症グループホームが定められ、2018年までの18年間で介護保険サービスの利用者は約600万人にものぼります。
また、用語の変更や認知症サポーターの育成など認知症への理解や関心を一般の人にも知ってもらい、サポートする体制が作られてきました。
平成29年の新オレンジプランでは、認知症を有する人を「単純にサポートされる側」と捉えるのではなく、認知症の人が認知症とともによりよく生きていく環境づくりの重要性が述べられています。
認知症の人や家族などの介護者だけでなく、社会全体を取り巻く問題として広く認識されると、認知症の人の意思や行動が尊重され、さらに暮らしやすい世の中になるのも遠い未来ではないでしょう。
認知症の意欲低下まとめ
ここまで認知症の意欲低下の症状から原因、対策まで解説してきました。
認知症の意欲低下は比較的初期から起こるため、本人が自覚していることも少なくありません。
そのため、症状を悪化させないだけでなく本人の気持ちを尊重して傷つけないような介護者の適切な対応も重要となります。
できるかぎり認知症の症状への理解を深めて本人が穏やかに生活できる環境を作ったり、介護者である家族の負担を軽減するために介護サービスを使ったりすることで、認知症ともうまく付き合っていくようにしましょう。
本記事を参考に無理なく少しずつ関わり方を工夫してみてください。
最後までご覧いただきありがとうございました。