世界の国々のなかでも、日本は有数の長寿国です。
2021年の厚生労働省の発表によると、日本人の平均寿命は、男性が81.47歳、女性が87.57歳となり、男女ともに過去最高を記録しました。
高齢化社会の日本において、「認知症」は、ごく身近なものになっています。
認知症とは、脳の細胞が壊れてしまったり、働きが悪くなったことが原因で障害がおこり、日常生活に支障をきたす症候群です。
「アルツハイマー型認知症」、「レビー小体型認知症」、「脳血管性認知症」など、いくつかの種類がある認知症のうち、この記事では、「脳血管性認知症」について、くわしく解説していきます。
「家族や友人が脳血管性認知症になった! どんな症状があるの」
「脳血管性認知症の原因、その予防方法は?」
というお悩みを抱えている皆さまに、ぜひ読んでいただければと思います。
脳血管性認知症
脳血管性認知症は、脳の血管がつまったり、やぶれたりすることでおこります。
認知症全体のうち、約半数を占めるアルツハイマー型認知症の次に多く、男性の比率が高い認知症です。
脳のしくみ
私たちの脳は、あらゆる活動の司令塔です。
前頭葉、側頭葉、後頭葉という領域にわかれており、それぞれが協力しあいながら、心身の健康を保っています。
脳全体あるいは一部が障害されることにより、認知症の症状があらわれます。
脳梗塞、脳出血
脳血管性認知症の原因は、脳の血管がつまったり(脳梗塞)、やぶれたり(脳出血)することです。
脳の全体には、こまかい血管がはりめぐらされており、その血管を流れる血液によって、脳の細胞に酸素や栄養が運ばれています。
脳の一部に血液が届かなくなったり、漏れた血液で脳が圧迫されたりした結果、脳の細胞が壊れ、さまざまな障害が発生します。
脳血管性認知症は、脳梗塞や脳出血の発症や経過にともなってあらわれるため、今までの生活ががらりと変わってしまうことも、少なくありません。
脳血管性認知症の症状
認知症全般の基本的な症状として、脳の細胞が壊れることによって引きおこされる「中核症状」があります。
記憶障害
もの忘れでは、できごとの一部のみを忘れてしまいますが、脳の障害による記憶障害では、できごとそのものを忘れてしまいます。
記憶には、短い期間だけできごとを覚えておく短期記憶、長期にわたってできごとを覚えておく長期記憶があります。
認知症では、短期記憶から低下するのが特徴です。
ついさっきのことが思いだせない、あたらしいことを覚えられないなどが、代表的な症状です。
見当識障害
見当識障害とは、自分がおかれている状況を正しく理解できなくなることです。
現在の日時、場所、人の顔や名前などがわからなくなり、生活に支障があらわれます。
深夜にでかけようとする、家の近所で迷子になる、家族の顔がわからなくなるなどは、見当識障害による症状です。
理解力、判断力の低下
認知症では、ものごとを理解する力、ものごとを判断する力が低下します。
実行機能障害
仕事や家事など、今まで普通にできていたことが、順序立ててできなくなります。
言語障害(失語)
言語障害には、運動性失語と感覚性失語があります。
運動性失語は、聞きとった言葉の意味を理解できますが、話すときは、なかなか言葉がでてきません。
感覚性失語は、聞きとった言葉を理解することができませんが、話すときは、流暢にしゃべることができます。ただし、意味が通じる言葉で会話をすることはむずかしいです。
認知症では、これらの失語がみられます。
失行、失認
服を着る、靴を履く、食器を使ってごはんを食べるなど、日常生活の基本的な動作のやりかたを忘れてしまう障害が失行、目の前にあるものを正しく認識できなくなる障害が失認です。
これらの中核症状と、本人の性格、環境などの要因がくみあわさって、行動・心理症状である「周辺症状」(BPSD)がおこることもあります。
・不安
・抑うつ
・幻覚、妄想
・睡眠障害
・暴言、暴力
・徘徊
・不潔行為
認知症全般の症状に加えて、脳血管性認知症は、脳梗塞や脳出血によってダメージを受けた脳の部位にまつわる、身体的な症状が多くみられます。
運動麻痺、歩行障害
私たちのからだは、脳からでる信号が筋肉の細胞に伝わることで動いています。
運動機能をつかさどる部位が障害されると、筋肉への信号が発信されなくなり、からだが動かない、動かしづらくなります。
脳梗塞や脳出血では、からだの片側だけに麻痺がでることがあります。そのため、バランスがとりづらくなり、うまく歩くことができなくなります。
感覚麻痺
からだの表面には感覚のセンサーがあり、その信号を脳が受けとることで、私たちは刺激を感じています。
感覚をつかさどる部位が障害されると、熱いものを触ってやけどをしても、すぐに気がつかないことがあります。
嚥下障害
嚥下障害とは、口のなかにある食べものや飲みものをうまく飲みこめなくなることです。
脳の障害によって喉の筋肉の動きが悪くなると、食べたものが胃ではなく、気管にはいってしまうことがあります。
これを誤嚥といい、肺炎につながることがあるため、注意が必要です。
排尿障害
排尿障害は、膀胱におしっこをためる(畜尿)、おしっこをだす(排尿)などをつかさどる脳の部位が障害され、畜尿や排尿にかかわる筋肉に信号が伝わらないことでおこります。
おしっこをがまんできない、尿意を感じない、おしっこがうまくだせないなどの症状がみられます。
まだら認知症?
脳血管性認知症は、「まだら認知症」ともいわれています。
脳全体ではなく、限定的にダメージを受けているため、できることとできないことの差が生まれやすくなっています。
また、朝にできていたことが、夕にはできなくなっているなど、症状の日内変動がみられることもあります。
脳血管性認知症の診断
認知症全般の診断は、本人や家族からこれまでの経過をうかがう問診、診察、質問やテストで認知機能をはかる神経心理検査、CTやMRIなどの画像診断によって総合的に診断されます。
脳血管性認知症は、脳梗塞や脳出血がベースとしてあるので、脳のCT、MRI、脳の血流をみるSPECTなどが、脳の障害部位をみつける手助けになります。
脳血管性認知症の治療
残念ながら、現在の医学では、認知症全般の完治はむずかしいとされています。
壊れてしまった脳の細胞は、もとに戻すことができません。そのため、認知症の原因に応じた対症療法が、認知症全般の治療方針となっています。
脳血管性認知症は、脳出血や脳梗塞が原因となっていることから、脳梗塞や脳出血の再発予防、リハビリテーションによる残存機能の維持と向上が、主な治療となります。
脳梗塞や脳出血の再発予防
脳梗塞や脳出血が再発すると、障害を受ける範囲が広がり、階段をくだるように、認知症の症状が悪くなることがあります。
そのため、再発予防につとめることが、治療のうえで重要です。くわしい内容は、脳血管性認知症の予防方法の項目に記載しています。
生活習慣の改善を中心にとりくみながら、医師や薬剤師の指導のもとで、薬を服用することもあります。
リハビリテーション
脳血管性認知症の症状にあわせて、さまざまなリハビリテーションがあります。
運動機能や筋力増強の訓練をする理学療法、日常的な動作の訓練をする作業療法、飲みこみや発声などの訓練をする言語療法などがあります。
これらのリハビリをすることで、残された機能(残存機能)を保ち、日常生活が送れるように支援します。
脳血管性認知症の予防
脳血管性認知症の予防は、脳梗塞や脳出血の予防ともいえます。
高血圧、脂質異常症、糖尿病などの生活習慣病は、血管性疾患を引きおこすリスク要因になるため注意が必要です。
高血圧の治療、血圧の上昇を予防する日常生活
血圧とは、血液が流れるときに動脈内にかかる圧力のことです。
高血圧にさらされることにより、血管に負担がかかり、弾力性がなくなってしまう動脈硬化がおこります。動脈硬化が進むことで、血管がつまりやすくなったり、こわれやすくなるのです。
脳梗塞や脳出血の原因となる高血圧ですが、痛みなどの自覚症状がともなわないため、知らないうちに悪化していることがあります。
家庭用の血圧計などで定期的に血圧をはかり、普段の血圧を記録しておきましょう。
高血圧の定義は、収縮期血圧が140mmHg以上、あるいは、拡張期血圧が90mmHg以上とされていますが、家庭での血圧は、135mmHg以上、あるいは、85mmHg以上を目安にしてください。
もし、高血圧がつづくようであれば、かかりつけ医に相談してみましょう。
血圧があがるようなことを防ぎ、健康的な生活を送ることが、高血圧の予防や改善の基本となります。
食生活では、塩分が少ない食生活(1日あたりの塩分摂取量を6g以内を推奨)をこころがけ、飲酒もひかえめにしましょう。塩分が高い食事や多量の飲酒は、血圧を上昇させる原因になります。
出汁などのうまみや香りがつく調味料などを利用すれば、ヘルシーでおいしい食事が可能です。
ウォーキングやジョギングなど、毎日30分ほどの有酸素運動は、高血圧の予防や改善に効果的です。
日常生活では、ストレスをためないようにし、十分な睡眠をとるようにしてください。
温かいところから、寒いところへと移動すると、血管がちぢまって血圧があがります。冬はヒーターなどを活用し、気温差を少なくするなどの工夫をしてみましょう。
脂質異常症の治療
脂質異常症とは、血液中のコレステロ―ルや中性脂肪のバランスがくずれ、脂質の代謝に異常がでる病気です。
脂質異常症には、高LDLコレステロール血症(140mg/dL以上)、低HDLコレステロール血症(40mg/dL以下)、高トリグリセライド血症(150mg/gL以上)があります。
LDLコレステロールは、肝臓から血管へとコレステロールを運び、HDLコレステロールは、血管から肝臓へと運ぶ役割があります。
LDLコレステロールが増えすぎると、脂質が血管の壁に沈着し、血管がせまくなったり、動脈硬化が進んでしまいます。
脂質異常症の原因は、遺伝的要因や体質のほか、食生活にあるといわれています。
自身の適正体重を知り、エネルギーをとりすぎないようにしましょう。適正体重は、「身長(m)×身長(m)×22」が目安になります。
脂肪の多い肉や洋菓子などを減らし、野菜や魚、大豆製品を中心とする食事をこころがけてください。
肥満の改善や予防のために、運動をとりいれてもいいでしょう。
糖尿病の治療
糖尿病とは、血糖をさげるホルモン(インスリン)の働きが悪くなることで、慢性的に高血糖がつづく病気です。
血液中に糖があふれる高血糖によって、血管に傷がつき、動脈硬化が進みます。
糖尿病の治療においては、血糖値のコントロールが重要です。血糖をさげるための薬を服用することもあります。
脱水の予防
脱水によって、からだの水分が失われると、血液中の水分も失われます。血液が濃くなることで、血管がつまってしまうリスクが高まります。
大量の発汗、下痢や嘔吐、食事や飲水をしていないなどが、脱水の原因としてあげられます。
夏の熱中症のほか、こたつで寝てしまっているあいだに、脱水が進んでしまうこともあるため、こまめに水分をとるようにしましょう。
禁煙
喫煙は、動脈硬化を悪化させるといわれています。禁煙するか、できるだけひかえましょう。
受動喫煙にも注意してください。
不整脈の治療
不整脈とは、一定であるはずの心臓のリズムがくずれてしまうことです。
不整脈がおきると、心臓内に血液が滞ってしまい、こまかい血栓ができやすくなります。
その血栓が脳へと送られ、血管につまってしまうと、脳梗塞がおこります。
心臓に原因がある脳梗塞は、心原性脳梗塞とよばれています。
不整脈のタイプによっては、抗不整脈薬などを服用するほか、ペースメーカーも用いられます。
まとめ
・脳血管性認知症は、脳梗塞や脳出血などによっておこる認知症で、記憶障害などの中核症状のほか、身体的な症状がみられることがあります。
・脳血管性認知症の診断において、CTやMRI、SPECTなどは、障害されている部位を特定する手助けになります。
・脳血管性認知症の治療は、脳梗塞・脳出血の再発予防、残存機能を保持するためのリハビリテーションです。
・脳血管性認知症の予防においては、動脈硬化や高血圧を防ぐため、健康的な生活を送ることが重要です。
いかがでしたか。この記事が、皆さんのお役に立てば幸いです。